下記により、標記講演会を開催しますので、ふるってご参加ください。なお、参加費は無料で、参加申し込みも不要です。
日時
平成25年6月15日(土)15:30~17:00
場所
東京地学協会講堂
講師
野上道男(東京都立大学名誉教授)
演題
邪馬台国所在地論争と古代測量術
要旨
地図のない時代にあっては、見通せる地標間についてしか、方位や距離を知ることはできない.使われたのは古代からの測量術「山当て」である.このことを根拠に所在地論争の原因となっている魏志倭人伝の方位と距離の記事を再検討した.
- ①東はN60E(夏至の日の出方向)であり、1000里は約67kmである.
- ②復路の記事はないが、九大応用力学研究所による潮流・風向図からみて魏使は玄海の東寄りの港(那の津)に到着し、西寄りの可也山近傍の港(末廬国)から帰国した、と思われる.
- ③邪馬台国(南九州)の女王だった卑弥呼は倭人伝のころは倭国王だった.王宮は大城山(太宰府背後の山)の麓の伊都国(春日市)にあったが、直轄の領土や国民は持っていなかった.