日本の風穴
開催概要
近年、風穴に対する注目が高まっています。風穴とは、夏に冷たい風を吹き出す穴、あるいは穴からの冷風を利用した倉庫のことです。風穴が注目を集めたきっかけのひとつは、群馬県下仁田町の荒船風穴が世界遺産に登録されたで、この登録に前後して、全国各地で、かつて養蚕業に使われた風穴の倉庫やその遺構が再評価され、利用復活への模索が行われています。
この講演では、全国の風穴を訪ね歩き、風穴の微気象や利用状況を総合的に研究している清水長正氏と、永久凍土の観点から風穴のメカニズムを研究している澤田結基氏に、昨年度出版された「日本の風穴」（古今書院）でまとめられた内容をベースにして、それぞれの研究成果をわかりやすく紹介していただきました。
日 時
平成28年7月29日（金）
場 所
東京都千代田区二番町 12-2東京地学協会 地学会館二階 講堂
参加者数
29名
講演内容
澤田結基（福山市立大学）
「風穴のしくみと活用の取り組み」
「風穴（ふうけつ）」の定義には幅があるが、一般的には夏に冷風を吹き出す穴のことを差す。鍾乳洞のような洞穴に生じるものと、崖錐や周氷河斜面のように斜面に堆積した礫の隙間から吹き出すものに大別される。国内で知られている風穴のほとんどは、崖錐の末端部や地すべり地形に分布する。風穴は、冬の寒気を蓄積する天然の保冷庫であると言える。寒気を蓄積する冷源は、ほとんどの場合、地下氷である。冬、冷たい外気が移流することによって、地下の空隙は氷点下まで冷却される。そこに融雪水や雨水が浸透すると、空隙で凍結して地下氷が成長する。この地下氷が、風穴の冷風を生み出す冷源となる。
明治－大正期の蚕種貯蔵に利用された風穴倉庫の多くは、こうした地下氷ができやすい崖錐斜面の末端付近につくられている。北海道では、地下氷が越年し、局地的な永久凍土層を形成している風穴も存在する。風穴の周辺部では、現在の気候環境下では分布が難しい植物が分布し、独特な風穴植生が形成されることがある。
風穴は、日本の近代産業史を支えた産業遺産であり、また気候変動の痕跡を遺す自然遺産でもある。群馬県の荒船風穴は、2014年に世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成遺産に指定され、保護と活用の取り組みが進んでいる。北海道のとかち鹿追ジオパークでは、自然状態の風穴とその周辺の生態系を主要テーマに位置づけている。多くのジオパークが風穴をジオサイトに指定しており、今後の保護と活用が期待される。
清水長正
「全国風穴小屋マップの作成と、松本市・稲核における先駆的研究の実証」
１．全国の風穴小屋の資料
風穴は山地斜面の空隙から冷風を吐出し，場所によっては夏季でも地下氷が存続するほどの低温スポットである。その低温を利用して，従来最も普及したのが，蚕種を風穴へ冷蔵して孵化を抑制し養蚕の時期を延長させる手法である。これは幕末ころに開発され，後の明治期における蚕糸業の振興に伴い，蚕種貯蔵のための風穴の利用が各地で行われた。大正期までに全国でおよそ300以上もの風穴小屋（蚕種貯蔵風穴）が造られ，天然冷蔵倉庫として管理・経営されていた。
全国各地にあった蚕種貯蔵風穴は，農商務省により村名字名・所有者などが記録されている。これをもとに『全国風穴小屋マップ』を作成した。方法は，資料に載る風穴名と所在地を全て書き出し，地形図上で現字名を照合し、現地調査も行った。これにより，全国風穴小屋一覧表を作成し、2万５千分の1索引図にプロットした。
２．稲核における風穴利用と先駆的風穴研究の実証
松本市安曇の稲核（いねこき）は国内で最も古くから風穴が利用された場所で，江戸中期の宝永年間以降に，風穴に漬物を保存した記録がある。幕末期には蚕種（蚕の卵）を風穴に冷蔵して孵化を抑制し養蚕の時期を延長させる手法がここで開発された。稲核の中心部に旧家の前田家があり，母屋の裏に明治初期に創建され「風穴本元」と掲示された二階建て蔵造りの蚕種貯蔵風穴が現存する．背後は崖錐堆積物に接していて，その空隙からの冷気を蓄える構造となっている。現在でも種苗等の冷蔵に利用されている。
1906年に松本測候所長の柳澤 巌が『風穴論』を著した．これは風穴に蚕種を貯蔵するための技術書で，地下氷の生成や，風穴の機構についても言及しており，日本における風穴研究の先駆といえる．『風穴論』には，稲核における1904～1905年の約5日ごとの測定値の通年温度変化グラフがある。また風穴内の氷塊について以下の記載がある（口語体に意訳）。「外界が漸く花が咲きだし晴れ，四方まだ残雪がある時期に暖風一掃し氷雪を解すに当って，その水滴が漸次地中に浸透し岩石の間に結氷する。それを繰返して氷塊は増大し，外界に暑さが加わるに至っても地中の氷塊はその形を改めない」
近年，改めて温度変化や氷塊の生成・融解時期を知るために，2011～2013年に風穴本元の内外の温度観測や風穴本元内の観察を行った。温度観測については風穴本元の内外数カ所に温度ロガーを設置し，1時間ごとに記録した．氷塊の観察にあたっては，風穴本元内にカメラを設置して90分ごとにインターバル撮影を行った。氷塊の成長期は，風穴内の温度がマイナス側で外気温がプラス側に大きく上昇するとき（積雪の融解時）に対応するようである。 3月下旬以降の融解・縮小期は，外気温がプラス側で風穴内で０℃前後が続く期間で，外気温が20℃以上に達したときに氷塊が急激に縮小した。氷塊の消滅後は風穴内温度も上昇するので，氷塊の存続により風穴の低温が維持される効果をもたらすと考えられる。
■配付資料
- 清水長正・藤森美佐枝・石井正樹・山川信之・池田明彦・柿下愛美・指村奈穂子・島立正広（2014）北八ヶ岳地獄谷火口における季節的火口湖と越年氷塊の関係 雪氷研究大会（2014･八戸）
- 清水長正，柿下愛美，大塚 勉（2015）松本市稲核における風穴利用と風穴本元の氷塊 雪氷研究大会（2015･松本）
- 清水長正・傘木宏夫（2015）全国風穴小屋マップ 雪氷研究大会（2015･松本）