Home ニュース 講演会・地学クラブ開催報告 平成30年度秋季講演会「マグマと活断層の上に生きる」開催報告


開催概要:近年、高精度の地球科学情報の取得が可能となり、その表現方法についても、研究が進んでいる。新しい技術により生まれた様々な地図表現や3次元の立体表現は、地形や地質の研究を進展させている。そして、防災や博物館活動などの場面で頻繁に使われるようになった。さらに無料で公開されている情報は、多くの一般市民が利用するようになっている。そこで、本講演会では、地球科学情報の最新の表現方法やそのツールについて、研究・開発を進められている各氏に講演していただき、今後の可能性について議論した。
日時:平成30年10月13日(土)13:00~16:30
場所:熊本大学百周年記念館(黒髪南キャンパス)
主催:東京地学協会
共催:熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター、阿蘇ジオパーク推進協議会、(公財)阿蘇火山博物館
参加者数:約80名
講演内容:
地学を国民教養に!

岩松 暉(鹿児島大学名誉教授)

 はじめに主催団体である東京地学協会についてご紹介する。地学協会は、明治12年英国の王立協会をモデルに榎本武揚・渡辺洪基らによって設立された日本で一番古い学会の一つである。学会誌「地学雑誌」も今年で127巻を数える。通常の学会と違う点は、会員の研究発表会がなく、今日のような普及講演会や研究助成などに力を入れている点である。

 西日本豪雨災害では、氾濫危険地域や土砂災害危険地域にも関わらず、自宅で犠牲になった方が多かった。熊本地震でも、活断層上に立地していることを知っていた人が少なかったという。自分の住む地域の成り立ち(地質地形特性)を知っていて欲しいものだ。

 一方、自然は災いをもたらすだけではない。災害はいっときであって、長い目で見れば恵みのほうが多い。日本列島は中緯度の大陸縁辺に位置する島弧であり、四季に富む温暖な気候に恵まれ、多様な自然に恵まれている。森の民日本人は、自然と人間は一体となった有機体と考える。したがって砂漠の民のような自然征服といった考え方ではなく、自然に順応するやり方を選ぶ。現在地球環境は危機的状況にある。その解決策として持続可能な開発のための教育ESDが脚光を浴びている。地域の成り立ちを知り、地域を誇りに思う子供たちを育てることこそESDではないだろうか。地学を国民教養にしたいと思う。
注)ESD(Education for Sustainable Development)




九州の火山活動

大倉敬宏(京都大学火山研究センター)

 日本では、概ね過去1万年以内に噴火した火山および現在活発な噴気活動のある火山が活火山として定義され、その数は2018年10月現在で111にのぼる。そのうちの17の活火山が九州地方に分布しており、演者の所属する京都大学は鶴見・伽藍、阿蘇、桜島のふもとに研究施設を有している。講演では、これらの火山のうち、活動度の高い桜島と阿蘇の最近の火山活動の特徴、両火山において継続して実施されている水準測量の結果から類推される今後の活動の見通しなどを紹介した。

 桜島では1914年に、20世紀以降の日本での最大規模の噴火が発生した。この噴火では、姶良カルデラの地下にあった大量のマグマが溶岩流や火山灰として噴出したため、マグマ溜まりが収縮して周辺の地盤が沈降した。水準測量により計測されたその量は大きいところで80cmを越える。大正噴火後、地盤は徐々に隆起をはじめ、100年以上経過した現在では、当時の沈降量とほぼ同じの隆起量が観測されている。このことは、現在のマグマ溜まりには、大正噴火前と同じ程度のマグマが蓄積していることを意味しており、大規模な噴火の発生も予想される。そのため、噴火を予測するため研究や広域での避難計画策定など、火山災害を軽減するためのさまざまな活動が実施されている。

 阿蘇火山では、現在は中岳第一火口が全面湯溜まりの状態であり、比較的静穏な状態が続いている。しかし、阿蘇火山ではこれまでに10〜20年周期でマグマ噴火や爆発的噴火が発生しており、最近では2014年から2016年に同様な噴火活動があった。阿蘇火山では中岳火口の西約3kmの草千里の地下にマグマ溜まりが存在している。2014年11月から2015年5月まで継続したマグマ噴火の前にこのマグマ溜まりの膨張がGPS観測によりとらえられた。マグマ溜まりの膨張は2015年9月や2016年10月に発生したマグマ水蒸気噴火や爆発的噴火の前にもとらえられている。一方、長期的な水準測量の結果からは、草千里と山麓部の標高差が、1930年代にくらべて10cm程度小さくなってきていることがとらえられている。このことは現在のマグマの蓄積量が1930年代に比べて約1千万立方メートル少ないことを表しており、現在の阿蘇火山には1920年〜30年代に見られた激しい噴火活動を引き起こすポテンシャルはないと考えられる。しかし同火山では、火口の間近まで観光客が立ち入ることができるため、小規模な水蒸気噴火であっても被害が発生するおそれがあるため、水蒸気噴火の予測を目指した観測が継続されている。




熊本地震と九州の地震活動

松田博貴(熊本大学くまもと水資源・減災研究教育センター)

 平成28(2016)年4月、熊本・大分地方は、短期間に震度7を2回という過去に例のない地震(平成28年熊本地震)を経験した。九州中部における地震については、平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後に行われた国内活断層の再評価において、布田川・日奈久断層帯が我が国の活断層の中でも大地震の発生確率が高いグループに位置づけられていた。予測される地震規模はM7.2〜7.6であり、熊本市内の震度も6強〜弱と推定されていた。しかし活動時期の詳細が不明であったため、私も含め住民の地震に対する危機意識は低かった。

 前震(4月14日21時26分)は、日奈久断層帯北端部を震源(深さ11km)とし地震規模はM6.5、本震(4月16日1時25分)は、布田川断層帯を震源(深さ12km)とするM7.3の地震であった。最大震度はいずれも7であり、本震による震度分布は、ほぼ地震前の推定どおりであった。熊本地震では、これまでの内陸型地震と比較してきわめて余震が多いことが特徴であり、震度5弱以上の地震は25回を数えた。また布田川断層帯に沿って、多くの右横ずれの地表地震断層が出現した。さらに布田川断層帯の北側では最大1m以上の沈降と東向きの変動が、南側では最大30cm以上の隆起と50cm以上の西向きの変動が観測された。

 熊本地震では、直下型地震の強震動により、多くの家屋の倒壊、公共施設、商業施設、道路・橋梁・鉄道などの各種社会基盤、あるいは熊本城・阿蘇神社・石橋などの歴史的建造物が被災した。さらに阿蘇地域では無数の土砂災害が起こり、その結果、多くの尊い人命が奪われた。特に震源直上に位置する益城町は、多数の家屋倒壊により甚大な被害を受け、死者の数は熊本地震で最も多くなった。また南阿蘇村では、阿蘇火山に起因する火山性地形・地質により、斜面崩壊・土石流・地すべりなどの土砂災害が多発した。また約2ヶ月後の集中豪雨では、地震動により緩んだ急傾斜地で土石流が発生し、二次災害をもたらした。

 熊本大学では、地震直後より被災状況の把握に努めると共に、地震動に起因する地質災害の発生メカニズムの検討、地域住民への支援ならびに説明会・講演会の開催、防災減災教育の推進などを行ってきた。今後も地域のステークホルダーと連携して、様々な形で地域全体の早期の復旧・復興に尽力したいと考えている。




火山と人との関わり、火山防災

福島大輔(NPO法人桜島ミュージアム)

 火山と人との関わりが最も深い土地として桜島がある。桜島は1955年から60年以上も爆発的な噴火を続けており、多い時は年に1000回近く爆発していることもある。火山の麓には約4000人が住み、すぐ近くには60万都市の鹿児島市がある。「火山灰が降って大丈夫ですか?」という質問を良く受けるが、私はいつも冗談交じりに「気にしなければ大丈夫です」と答える。桜島の火山灰で人が死んだ事例はなく、健康被害の報告もない。ただ、ちょっと不快で、面倒くさいと思うことはある。鹿児島の人は、火山灰が降ってもマスクをしないが、花粉症の時期にはマスクをすることから、火山灰よりも花粉症の方が大変だということが分かる。ただし、農業は被害を受け、観光にも影響が出ることもある。

 世界的に見ても稀有な桜島の状況を世間へ伝えることは難しい。少し大きめの噴火がニュースになる度に観光客は減り、噴火による実際の被害がなくても、情報による風評被害が出る。2015年8月15日に桜島の噴火警戒レベルが4に上がった際は、これまでにない様々な被害や影響が出ることが予想されたため、NPOの立場で独自に積極的な情報発信を行った。その背景には、行政、専門家、マスコミ、観光業者など、それぞれが発信する情報には、分りにくさ、大げさな表現、偏った情報などがあるためだった。科学的根拠に基づいた中立的で分かりやすい情報発信は極めて難しかったが、元火山学者として科学的根拠に基づいて情報を整理し、NPOとして培った行政と専門家と住民の間をつなぐ役割としての実績と信頼関係や、分かりやすく伝える技術を活かし、SNSを中心に情報発信を行った。私が発信した情報は約10万人の元へ届き、分かりやすく参考になったと多くの人々から高い評価を得た。

 本来、このような情報発信はマスコミの役割と考えられるが、現実問題として、専門的な知識を持ち、地元の行政、専門家、住民との信頼関係を持つジャーナリストは皆無である。これに代わる「つなぐ」役割として、ジオパークの専門員の存在が重要ではないかと考えている。ジオパークの専門員は、専門家や行政と、住民や観光客の間を「つなぐ」役割を担っており、そのために日頃から行政、専門家、住民などとの交流を通して信頼関係を築く必要ある。日ごろの活動が、いざと言いう時の情報発信の担い手として役に立つだろう。火山と人が共存する上で、ジオパークと専門員の存在意義は大きい。




パネルディスカッション:火山・地震活動と人々の暮らし

 講演後、演者と阿蘇火山博物館の池辺伸一郎氏により、標題のディスカッションが行われた。

左から、コーディネーター澤田結基(福山市立大学)、パネラー:大倉敬宏(京都大学)、松田博貴(熊本大学)、福島大輔(桜島ミュージアム)、岩松 暉(鹿児島大学名誉教授)、池辺伸一郎(阿蘇火山博物館)敬称略