「埋もれた戦時期地球観測データとその利用:外邦図・空中写真・気象観測資料の探索から」
▲小林 茂(大阪大学名誉教授・大阪観光大学)
日 時:平成30年7月20日(金)14:00から15:30まで
場 所:東京都千代田区二番町12-2 東京地学協会(地学会館)講堂
参加者数:28名
講演内容:

 地球環境問題がグローバル・イシューとしてつよく意識されるようになって、その変動に関するデータが求められている。

 東アジアや東南アジアの景観変動の資料として2000年頃から外邦図に関心を持ち始めた。例えば、ジャカルタの市街地拡大を旧版地図を重ね合わせて把握しようとすると、1887年、1927年、1950年、1967年、1976年、1989年の状況が分かる。戦時期の地図(いわゆる外邦図)があることによって(この場合は1927年のオランダ製図をもとにした外邦図で1943年5月に印刷)、歴史分析の時間解像度が大きく向上した。外邦図に加えて戦時期の空中写真や気象資料は、(1)日本固有の領域に隣接する地域のデータ、(2)敗戦時に大量に破壊された、(3)連合国に接収されて貴重なものが残っている、(4)戦後、政府機関の所管から外れた、(5)その結果、所在が不明で利用が困難、という特徴があり、再生作業が必要になっている。

 このため、2002年から科研費を得て多くの方々と本格的な調査を開始した。これによってまず東北大・京大・お茶大の外邦図目録が刊行された。駒澤大・立教大の目録がこれにつづき、最近になって筑波大の歷史人類学専攻資料室所藏外邦図簡略目録も登場するに至っている。また2005年には東北大学がその画像の公開を開始し(外邦図デジタルアーカイブ:http://chiri.es.tohoku.ac.jp/~gaihozu/)、これに京大・お茶大、さらにわずかに過ぎないとはいえ阪大の外邦図の画像が加わることになったのは、目録作製を通じて外邦図の書誌データが整備されたことを背景としている。

 外邦図デジタルアーカイブの地図画像はアジア歴史資料センターを経由して、国立公文書館に移管する手続きを進めてきた。国立公文書館に収蔵され、戦後所管が不明だった外邦図が公文書として位置づけられることになった。しかし、同館からの情報提供体制の整備はまだこれからで、移管してもしばらくはデジタルアーカイブを維持する必要を感じている。当面の課題としては、(1)中国大陸や朝鮮半島は目録だけを公開しているが、画像データの公開を検討すべき時期に来ている、(2)画像データの公開に当たっては、すべての図について図幅四隅の経緯度座標を計測して、地図画像からの検索(ワールドマップ検索)を可能にすべきだ、(3)またなかなか容易なことではないが、自衛隊中央情報隊が保管している初刷り一式をアーカイブに取り込む、などがある。

 このような動きの一方で、アメリカ議会図書館での調査を2007年から本格化した。日本の大学の外邦図コレクションは、ほとんどが終戦時に陸軍参謀本部(市ヶ谷)にあったもので、これらは当時の日本陸軍現用の地図に由来するため、比較的新しいものが多いので、これを補完すべく、明治・大正期の古い外邦図を求めてこの調査を始めた。すでに2002年に故久武哲也甲南大教授らが同館地理・地図部を調査してその日本軍関係資料の概要を把握していたが、この調査では、1880年代に日本陸軍の若手将校が中国大陸と朝鮮半島について作製した手描き測量原図(約500枚)を2008年に発見し、未知の外邦図として集中して調査に取り組んだ。

 アメリカ議会図書館には、何名もの日本人ライブラリアンがおられ、あわせて地理・地図部のライブラリアンの皆さんの協力も得ての調査であったが、その間アメリカ国立公文書館(NARA)Ⅱ収蔵の資料もあわせて探索し、一方で空中写真、他方で気象観測資料に視野が広がった。空中写真は日本軍によるものだけでなく、広大な地域をカバーするアメリカ軍撮影のものに圧倒された。このなかには1960年代のU-2機による中国大陸の高解像度写真も含まれている。また気象観測データは日中戦争期~第2次世界大戦期の陸軍気象部や海軍水路部(のち気象部)が中国大陸や東南アジアで得たもので、多くはガリ版刷りの月報である。この中には航空戦を反映して、測風気球による気流観測はもちろん、ラジオゾンデによるデータも含まれている。気象データの調査は、最近、台北の中央気象局にも拡大し、戦時期のデータのギャップが埋められる可能性がみえはじめた。

 海外には、このほか外邦図の優れたデータベースがある。例えば、スタンフォード大学(http://library.stanford.edu/guides/gaihozu-japanese-imperial-maps)、台湾中央研究院(http://gissrv5.sinica.edu.tw/GoogleApp/JM20K1904_1.php)、韓国ソウル鐘路図書館(http://www.nl.go.kr/map/c3/page1_1.jsp)などだ。これらの調査、連携も重要だ。

 第2次世界大戦終結まで日本軍が行った測量、空中写真撮影、さらに気象観測に関するデータは、現在の日本の関係官庁の所管にふくまれていない。またその職員の多くも、そうした資料に関心を持っていないと聞いている。しかし、地球環境の変動にアプローチするには、そうした見捨てられたともいえるデータを掘り起こすことも必要だ。


意見交換:講演後、会場と演者で次のような意見交換があった。
会場:産業技術総合研究所には明治初期の地形図が多数ある。これらも是非公開すべきだ。
演者:日本の政府組織は戦前・戦中期に作成した地図の公表に消極的だ。これは、戦前の日本を復活させる意思の表れと捉えられることを警戒していると思われる。一方、大学はその点やりやすいが、研究者の関心が変化するので継続することが難しい。貴重で需要は大きい情報なので、公開、利活用のために新しい枠組みを構築する必要がある。
会場:気象データに関心があるが、研究者、研究機関は、政策的に時限化させられている。息の長い組織を設けて資料を後世に残す努力が必要だ。
演者:海上保安庁が海図データの保存調査のために日本財団の資金を活用したと聞いた。継続性のある資金が必要だ。


回覧資料:
  1. 小林 茂編(2009)近代日本の地図作製とアジア太平洋地域‐「外邦図」へのアプローチ.大阪大学出版会
  2. 小林 茂(2011)外邦図――帝国日本のアジア地図 (中公新書)
  3. 小林 茂編(2017)近代日本の海外地理情報収集と初期外邦図.大阪大学出版会