東京地学協会平成23年度秋季講演会
「魚附林の地球環境学:
溶存鉄を介した陸海物質・生態系連環」

平成23年度第3回評議員会に引き続き、標記講演会を開催いたします。多数の御来場をお待ち申し上げます。

講師 白岩孝行(北海道大学低温科学研究所 准教授)

平成23年10月29日(土)午後3時より 
東京地学協会2階講堂にて

要旨
モンゴルに源を持ち、ロシアと中国の国境を流れてオホーツク海に流入するアムール川は、流長4444km、流域面積205万平方kmの大河川である。我々は、この流域に起源を持ち、アムール川によって輸送される溶存鉄こそが、オホーツク海と北部北太平洋親潮域の海洋一次生産に大きく貢献していることを見いだした。これは、江戸時代から我が国に存在した陸と海の結びつきを示す”魚附林(うおつきりん)”という概念を想記させる。
鉄は光合成に必須の微量元素であるが、還元環境以外の水中化では粒子化して沈殿してしまう。このため、海水中の鉄濃度は極めて微量であり、一般に外洋では鉄が欠乏する。冬期に結氷するオホーツク海では、海氷の生成に伴うブイライン水の形成により、低温高塩分の水が形成され、いわゆる熱塩循環が発達する。オホーツク海では北太平洋中層水(NPIW)と呼ばれる水塊がこれによって発達し、千島列島のブッソル海峡から太平洋に流出して広がってゆく。アムール川が輸送する溶存鉄は、このNPIWによってオホーツク海や北太平洋に輸送されている。
アムール川流域では、主として湿原において高濃度の溶存鉄が生成されている。近年の急速な湿原の干拓は、アムール川に流入する溶存鉄を減少させており、一方で、温暖化に伴う海氷生産量の減少は、熱塩循環を弱化することで輸送される溶存鉄フラックスを減少させる可能性がある。これは、結果としてオホーツク海や親潮域の一次生産の減少につながるだろう。
アムール川からオホーツク海に至る海域は、モンゴル・中国・ロシア・日本の国境に位置し、国境を越えた観測活動が必須の地域であるが、これらの国々の政治状況は、必ずしも国際共同研究に好意的とはいえない状況にある。これを克服すべく、我々は研究者による多国間学術ネットワークを立ち上げ、更なる国際共同研究の活発化に乗り出した。